パワハラ加害者カウンセリング
アプローチ手法
吉岡俊介
現在、私は大阪市内でカウンセリングルームを開業し、主に男性の悩みを中心とした相談 応じている。これまで長年DVの問題に取り組み、DV加害者の面談を積み重ねた経験から、 近年はパワーハラスメント(以下パワハラ)加害者の面談依頼が入るようになっている。
企業から委託を受け、被害者の面談を担当する産業カウンセラーが、企業側の要望で加害者のカウンセリングのリファー先として声をかけてくることがある。そのような事例では紛争解決に向けた「ADR型アプローチ」を実行しているので、参考までにその内容をお伝えしたい。
〔アプローチ1〕 被害者側の産業カウンセラーとの打合せ
まず被害者の面談を担当する産業カウンセラーから、委託を受けるようになった経緯を始め、 企業に関わる情報を入手する。被害者に関わる情報は守秘義務があるので、同産業カウンセラーが会社側と共有している範囲内で事例に関わる概要の説明を受ける。その内容を踏まえ、まず加害者のカウンセリングを引き受けるかどうかを判断する。
〔アプローチ2〕 企業との打合せ
引き受ける方針が決まれば、企業から事例に関わる詳細内容、問題の所在、加害者のカウンセリングを求める理由などを聞く。たとえば加害者が会社の発展に貢献してきたエリートで将来性を見込まれた人物にも関わらず、後輩に対しては厳しく接し、暴言を吐き、罵倒するような場合。精神的なダメージを受けた被害者が、産業カウンセラーのカウンセリングやパワハラ 研修を経て、意を決して会社側に訴えた結果、パワハラが明るみに出るような事例がある。
加害者は他部署への異動などの処分を受けるものの、これまでの実績を全て否定されたことに不満が募り、反省の色は全くなく会社に対して反抗的な態度を示し続ける。自分には非がないとして会社や被害者に対する反発を強める。会社としては、たとえ優秀な人材であっても、 このままにしておくのは環境を悪化させ、社損にもつながりかねない。そうかと言ってもとの職場にもどすと被害者との人間関係に支障を来してしまう。そのような加害者の意識改革に向けてなんとかしてもらえないかという相談が寄せられる。
企業との打合せは、その規模にもよるが、総じて総務部や人事部が窓口となり、加害者の直属の上司や所属部署の役員と行うことが多い。ときには社長や顧問弁護士が同席することもある。私はこれまでの取り組み内容と効果などを伝え、企業側の理解を得た上で加害者との面談を開始する。
〔アプローチ3〕 加害者のカウンセリング
加害者のカウンセリングは社内では内密に行われることが多い。そのため実施場所は企業を離れ、当カウンセリングルームで行う。
自身の地位を背景に、力をもって相手を支配し精神的・身体的苦痛を与えるという典型的な パワハラの形態を成すものであっても、加害者の多くはそれが「指導」であり「自分もそうして育てられてきた」と主張する。むしろ組織の発展に多大に貢献してきたことを力説し、逆に被害者の弱さを強調する。私はそのような姿に接すると、本人が「固い鎧」を身にまとっていることを実感する。
往々にしてハラスメントの加害者は、生きてきた過程で「こうあるべき」という価値観や信念を身に着け、それにこだわり他者を暴力的に拘束する側面がある。実は、その価値観や信念は自分をも縛るものであり、そこから解放されれば他者だけでなく本人が最も楽になるのである。初回面接で目標として掲げるのは、まずは「鎧を脱いで、しなやかになる」ことである。 それは真の反省と謝罪の気持ちを促すものでもある。
多くの加害者は、業務命令だから「致し方なく来てやった」という固い表情を最初に見せる。 そこにはカウンセリングを受けたいという動機付けはない。しかし全ての者を敵に回してしま い、孤立した本人にとってここが唯一、気を許せる場であることを実感してもらうと、毎回用意するプログラムに大変熱心に取り組むようになる。
私が加害者プログラムで重点を置く項目のいくつかは次の通りである。「自分の弱い感情を表現する」「相手の感情を肯定的に受け止める」「自分の考えや思いを非暴力で伝える」「相手と適度な距離をとる」「相手と新しい関係を築く」「支配従属の上下関係から寄り添いの対等な関係へモードシフトする」など。特に寄り添いの関係を身に着けるためには、自身が寄り添われた経験がなければ実感が伴わず、実行もできない。このカウンセリングの場こそがそれを体験する場であることを伝える。
本人が頑なな鎧を脱いだかは、その表情の変化で分かる。熱心な取り組みの結果、当初とは 別人のような柔和な表情を見せるようになると一旦終結する。そして企業側には、本人から了解を得た範囲で取り組み内容と結果を報告する。なお変化の状況や所要期間には個人差はあるものの、加害者にとっては有益な体験として理解されるようになる。中にはその後も自費で通い続ける者もいる。
〔アプローチ4〕 紛争解決に向けた企業との打合せ
加害者の「しなやか」な変化を踏まえ、今後の進め方について再び企業側と打合せをする。 以下は多くの事例で私が企業に向けて述べている助言内容である。
まず被害者のメンタルケアを疎かにしない。会社が間に入らず、正式な謝罪の場も設けず加害者任せにするようでは被害者の傷を深めるばかりである。状況に応じ、謝罪の場を設けること。パワハラは企業の枠組みの中で発生する出来事であり、加害者個人の資質だけに問題があるわけではない。企業の体質や風土にも原因が問われ、加害者を処罰し突き放すだけでは問題の解決にはつながらない。会社は両当事者にきちっと向き合うこと。メールでのやりとりで済ますのではなく、所属の上司が本人と膝をつきあわせて話し合うこと。特に加害者に対しては 叱責に終始することなく、その語りに耳を傾ける。そして上司はひとりで抱え込むことなく社内の専門部署あるいは社外の専門家に相談の上、組織的な対応を心掛けること。
パワハラは被害者にとっては簡単に許せるものではない。社内で加害者の顔を見たくない者もいる。そのような気持ちを企業は真正面から受け止め、聴き続ける姿勢を堅持する。カウンセリングや医療面でのサポートだけではなく、彼らの声を再発防止につなげていくこと。また 加害者に対しては、その反省を踏まえ、今後の組織改善に向けて一緒に前向きに取り組んでも らいたい旨の働きかけを企業として実践する。そして発生した事例は管理職全員で共有し、社員が一丸となり再発防止に向けた組織改革の新たな第一歩を踏み出すことなど。
以上は私が経験する企業内の「人間関係開発・職場環境改善への支援」の一例である。私は これをADR型アプローチと称している。企業内のもめごとを起こした加害当事者に対し、カウンセリングの傾聴技法をベースとしながら、本人が冷静かつ「しなやか」に紛争解決に向けて関係者とやりとりができるように接していく。企業に対しては紛争解決に向けた意見や助言を提案する。被害者に対しては担当の産業カウンセラーを通してメンタルヘルス対策を実行し、彼らにとって意味のある紛争解決にしていく。このように1対1のカウンセリングの行為に留まることのない、企業内の紛争解決(ADR)に向けた取り組みは、パワハラ事案が発生した際の抜本的対策に寄与する活動だと考えている。
本事例は被害者に面談をしたカウンセラーからの紹介事案ですが、企業側から直接 相談を受ける場合や、孤立した加害当事者本人から相談を受ける場合もあります。 パワハラ加害者に関わる問題については遠慮なくご相談ください。