パワハラ加害者の心理

「『つぶれない働き方』の教科書」(彩図社)抜粋

 
 

○パワーとコントロール 

 第1章で触れたように、パワーハラスメント(パワハラ)の横行は社会問題になっています。


パワハラを受けた被害者が心身を深く傷つけられ職場に行けなくなったり、場合によれば自殺に追い込まれたりすることもあります。

 そのような被害者の支援に取り組む企業も多くなりました。しかし一方で、加害者側のカウンセリングや、適切なフォローに取り組む企業はまだかなり少ないようです。

私は加害当事者の相談やカウンセリングにも応じています。その多くは、被害者のカウンセリングを担当する同僚のカウンセラーが「加害者もなんとかしないといけない」という助言を会社側にして、会社側からの命令で加害当事者が私のところに来るという段階を踏みます。

中には誰も自分の主張を聞いてくれず、一方的にパワハラ加害者扱いされて処分になったというひとが自ら相談に訪れる場合もあります。

 会社側からの指示や命令で来るひとの多くは「こんなカウンセリングは自分には必要ない」と思い込んでいます。彼らにはカウンセリングを受ける動機づけがなく、業務の一環として仕方なくやってきたという、不満の表情がありありと出ています。

 管理職で地位の高いひとほどその傾向があります。

 椅子に座るなり「ここはタバコが吸えないのか?」と文句を言う。

私を指さして「あなたはどのような権限があって私を人間改造しようとしているのか?」「あなたの資格は?職務歴は?」などとまくしたてるように質問をする。

「俺にはこんなことは必要ないんだよ。やることが一杯あるんだよ」と不満をたらたら述べるひともいます。

そのようなひとは、かなり肩に力がはいり、ときには露骨な敵意を向けてくることすらあります。ほとんどの場合は雑談から入りますが、彼らにとっては私が「被害者側につく敵」と見えているので、ときには組織マネジメントやガバナンスのあり方に関わる大論戦が始まります。

彼らにとってはカウンセリングすら「大勝負」の世界なのです。

ふんふんと聞いているだけのカウンセリングでは「話にならない」「バカにするな」と椅子を蹴るようにして帰ってしまいます。ですから私も、組織にいた経験を踏まえてそれなりに自分の意見や考え方を伝えます。

 そうしたやりとりを2、3回くり返すと、ようやく相手との信頼関係(ラポール)が徐々に築かれます。「吉岡さん、今日は論議はなしにして世間話をしましょうや」と言ってくれるようになります。ここからがカウンセリングのスタートです。

 加害当事者のカウンセリングで大切なことは、「優位な立場を利用して権力(パワー)でもって弱い立場のものを暴力的に支配(コントロール)するのが当たり前」という、自分自身の価値観や信念が間違っていると気付かせることです。これは先に述べた男社会が形成してきた価値観や信念にも当てはまることですが、特に上下関係、階層関係を基本とするタテ・モードの職場環境においては意識にのぼりにくいものです。

上司は偉くて当たり前。部下が上司に仕えることは当たり前。部下は上司の言うことに従うのが当たり前。もし部下が上司の言うことに逆らったら、上司は部下を叱責するのが当たり前。

そのような環境が「上司は部下に感情を爆発させ、パワハラを行使して当たり前」という価値観や信念を形成していくのです。

 「強いものが弱いものをいじめてはいけない」ということを論理的に理解しても、自分が長年にわたって仕事を通じて身に付けてしまった価値観や信念を改めて、行動を変えていくというのはそう簡単にはできません。私のところではさまざまなテーマに基づく演習に取り組んでもらいます。真摯な姿勢で自分に向き合い、真剣に取り組むひとは着実に変わっていきます。

 ときどき、やたらと礼儀正しいひとも来ます。パワハラの事実を全て認め、「被害者のために改心したことを示して会社に復帰したい」と言います。自宅待機の処分を一刻も早く解いてもらい、会社に復帰したいがために真面目に取り組みます。

 でも「被害者のために改心」を唱えるひとほど、パワハラを再発させる傾向があるようです。それは単に良いひとを演じることを身に付けただけで、根本的なパワーとコントロールの価値観が変わっていないからです。

 変わることができるのは「自分のために変わらないといけない」と自覚するひとです。

 他人のためと言うひとは、結局ひとごとで終わってしまいます。真剣に変わらないといけないと深く認識するひとは、自分自身もタテ・モードの組織社会の中で、パワーとコントロールの大きなストレスにさらされているということを自覚するひとです。

「自分も立場が変われば力のない弱者になる」ことに気づくひとです。そして現実にそのような体験をしたけれど、その辛い思いや本音に蓋をしてきたことに気づくひとです。

その気づきのきっかけは往々にして、カウンセリングを通してヨコ・モードの信頼感、安心感を初めて経験するときに見られます。

 弱音を吐いてもいい、泣いてもいい、負けてもいい、頑張らなくてもいい−。

そんな自分の本音や感情に寄り添い、支えてもらうと、今度は自分が弱者に寄り添い、支えることの意味合いを見出し、実行できるようになっていきます。

 会社からの命令ではなく、自らカウンセリングを受けにくる加害当事者もいます。

彼らの多くは自分自身も組織の中にあって漠然とした息苦しさを感じ、また自分がなぜパワハラをしたのか理解できず、今後どうしたらよいのか悩んでいるひとたちです。うつ的状態に陥っているひともおり、中には女性の姿もあります。

 タテ・モードの社会の根底にあるパワーとコントロールの固定観念は、働く者に大きなストレスを与えるとともに、あらゆる暴力(ハラスメント)を生み出す温床になっているのです。